(ドラクエ風)子供と一緒に犬の散歩【後編】
まだ朝というのにすでに日差しが暑い。
こういう天気の良い日はこの麦わら帽子を装備しておけば大丈夫。
頭部と首の後ろの日焼けを防いでくれるのだ。
舗装された道を歩いて行く。
その道に手の平を当ててみると熱くはない。よく言う人肌くらいの温度だろうか?
夜の間に放射しきれなかった地表の熱は陽の光に照りつけられて再び熱せられていく。
炎天下のアスファルトは裸足の肉球が火傷する位に高温になるのでこの季節の散歩は朝か夕方に限られてしまう。
人間によって作られた便利なその道は交通網としては成功したと言えそうだが、社会全体の中には背反する問題が含まれている。
それは表と裏。
目に見えないものや気付きにくい裏の要素(リスク)から大人は目をそらさないようにしないといけない。
その道の上を、「上の子」が駆け出した!
下の娘も後を追い掛けて走り出す。
子供はいつでも軽快だ。俺なんかはもう足が重たくて膝が上がらない。
コーギーも子供達の後を追い掛けようとするが俺が走ろうとしない為、ぜぇ〜ぜぇ〜言いながらリードを持つ俺ごと引っ張ろうとする。
地を這う様に姿勢を低くしてグイグイと、
すごい力で引っ張ってくる。
『ん?』
その先には子供達がいるのだがその子供達の様子がおかしい。今の今までふざけ合っていた2人が立ち止まって空を見上げている。
子供達は俺のいる場所から20メートル位先にいるのだが、
『何かいるのか?』
俺は歩きながら2人が見上げている方向に目を向けた。
『なんだ!!!っ』
俺は子供達の所に走った。
2人に追いついた俺がその先に見たものは、ただの作り物と思っていたそいつが俺達の行く手を阻むかのように立ち塞ぐ石像だった!
うごく石像が現れた!
デカイッ!
そいつは俺達が見上げるほどの高さだった。
石像と名がつくだけありこいつの体は石で出来ている。
今日はただの散歩だったため武器になるような物は持ってきていない。
あるとすれば、さっき家から持ってきたこの魚とり網があるくらいだ。
これで何が出来るか?
こっちの洗面器は盾代わりに使えるだろか?
俺達は攻めあぐみ立ち尽くしていた。
すると突然!
俺達の横を一瞬で抜き去る影があった!
コーギーだ!
俺達の中でも突出したすばやさを誇るコーギーが一瞬で間合いを詰める。
そうだっ!
このコーギーは俺達の中でも唯一、武器を装備しているじゃないか。
犬の爪!!
あまり強そうじゃない響きだが仕方がない。
図体はデカイが俊敏さに劣るうごく石像はそのスピードに遅れた。
コーギーは敵のふところへ潜り込むと同時に
右の前足を顔の高さまで上げていた。
手刀っ!!?
コーギーの爪が空を切る。
空振りッ⁉︎
コーギーはその右前脚が着地すると同時に今度は左後ろ脚を上げた。
その姿はまるでお相撲さんがシコを踏むときに片足を目一杯持ち上げた体勢に似ている。
シッコだ!
散歩の為に昨日の夜からずっと我慢してとっておいたシッコを放出すつもりだ!
まだ出る。まだ出る。まだ出る。まだ出る!
もう30秒以上経つがまだ止まらない。
さすがの動く石像もこれだけの量のシッコを一度にかけられてはたまったものではない。
ようやくシッコが止まった。
イヤッ!?
また出た!!
とどめのひと掛けだ。
うごく石像は動かなくなった。
うごく石像をたおした。
体が軽くなったコーギーは走り出す。
リードが真っ直ぐに伸びきった瞬間、その勢いを殺されたコーギーの両足は宙に浮いた。
コーギーはそのまま一回転しそうになる体を横にひねらせ、前脚を軸にして宙に浮く後ろ半身をくるっと回転させながら上手くスピードを制御した。
まだこの通りには車が走行してくるのでリードを離すことは出来ない。
このバカ犬はリードを離せばタッタカタッタカと突っ走る。
車が来ても避けようとしないし、人を見つければ走って近寄って行く。
その人から見れば犬が襲って来るとしか思えない状況だろう。
もちろんそんなことはしないのだが。
猫と違って犬はもう少し利口だと思っていたのに案外そうでもない。飼い主のせいか?
飼い主本人は利口な方だと思うのだが?・・
家を出てから散歩道の半分を歩いてきた。
ここからはエリアが変わる。
田んぼが少なくなり畑やビニールハウス、住宅が点在するエリアだ。
道路沿いに続く緑色の壁が、日の光を遮って日陰の道を作っていた。その日陰を今歩いている。
田舎の豪邸は広い庭周りに生け垣を設けて道路と敷地の境界代わりにしている所が多い。
ここは高さ2メートル程度の常緑樹で囲われており目隠しとしても十分な高さだが、キレイに手入れされて整然と続く緑の壁は壮観に見えて且つ涼しげだ。
その壁の向こう側に生えている木々にはたくさんのセミが鳴いていた。
それが一匹の鳴き声ならば夏らしいメロディーと言えなくもないが、それが複数となると騒音に近い雑音となり好んで耳を傾けようとは思わない。
その騒音は一日中響き渡っているが、一定の連続音である為にいつの間にか耳が慣れて気にならなくなる。
そして、
いつの間にかその雑音は聞こえなくなる。
だいぶ歩いてきた。
家を出てから25分位が経過している。
家を起点として大きな四角形を描く散歩ルートの4つ目の角についた。
この道を左に曲がってまっすぐに進めば家への最短ルートになる。
ここを直進する行き方もあるのだが、そうすると今まで歩いた距離のさらに倍近い距離を歩くことになるので進みたくはない。
なるべくなら通りたくないその最短ルートだが・・・。
それは絶対ではなかった。
今までも何ごともなく通過したことは幾度もある。
今日は子供達も一緒だしこの暑さなのでこれ以上の距離を伸ばす直進は止めて曲がることに決めた。
この道は右側に住宅があり左手には畑が続いている。
畑に設置されたビニールハウスの中を歩きながら覗いて見ると、トマト(小)の実がたくさんなっていた。ビニールハウスの外にはレタス?らしき野菜も出来ている。
ここに来ればトマトとレタスを手に入れることが出来るだろう。
この道沿いにも側溝がある。
人の陰に気づいたドジョウが砂煙りを起こしながらシュンシュンと動き、隠れ場所を探して泳ぎまわっていた。
だいぶ近くなってきた。
もうすぐ・・
あの角に着く。
Tの字の交差点の角。
そのTの字を右に曲がると間もなく我が家に到着するのだが、そこはこの散歩の旅で最っも警戒が必要な場所だった。
なぜならば、その角地には恐ろしいモンスターが住み着いているのだ!
そいつは全身を白い毛に覆われた獣でナワバリに近ずく全てを外敵とみなし襲い掛かかってくる。
大抵の人間はその恐ろしい形相を見ただけで逃げ出すだろう。
俺も同じだった。
今の俺ではヤツには到底かなわない。
白い稲妻。
俺はそう呼んでいる。
(センスね〜!)
そこを通過するときはなるべく音をたてないようにする。
つもりだった!
『ハックショイ!』
『!!!?』
一緒に散歩に来た上の子だった。
こんな時に、こんな所で、よりによってくしゃみとは!?
こらえきれなかった「くしゃみ」が響いた。
俺は子供達をかばう様に背後に引き寄せる。
『来た!』
低い唸り声の後、けたたましい咆哮を俺達に向かってあびせながら
真っすぐににこっちに向かって走って来る!
『ウゥーワワワワ〜〜ンッ!!』
そいつは庭の周りを囲う柵に体当りしそうな勢いで突進して来て、その柵のすき間から身を乗り出して吠えかかって来た!
眉間には深くシワが寄りギラつくその目の端が吊り上がっている。
まさに狂犬の形相だった!
狂犬があらわれた。
前々から思っていたが何をそんなに怒っているのだろうか?
絶対怒ってる顔だ。
近ずいたら絶対噛まれそう。
俺は作戦を練った。
目には目を。
犬には犬を。
ここは犬同士で戦ってもらおう。
コーギーのコマンドは
『たたかう』『ぼうぎょ』『吠える』
『逃げる』の4つ。
『たたかう』を選択したコーギーは飛び掛かった。
ジャンプしながら後ろ足で立ち上がり、お互いが噛みつきそうなぐらいに顔が接近した。
『こいつもなかなか勇敢ではないか』
あの恐ろしい顔にひるむ事なく立ち向かっている。
コーギーは再び『たたかう』を選択。
その後も近ずいては遠ざかる攻撃をコーギーは繰り返していた。
消耗戦を仕掛けているのだろうか?
それとも何かを狙ってる!?
どちらにせよ頼もしいやつだ。
そう思ってこのコーギーの攻撃をよく見ていると、吠えながら狂犬に近付ける顔と狂犬の顔との距離は、毎回10センチ位の間隔が保たれていることに気がづいた。
狂犬がいる場所には柵がある為ヤツはこれ以上は出てこれない。
距離を保っているのはコーギーの方だった。
だんだんと分かってきた。
おりの中にいるライオンを人間が安心してからかうのと同じようにコーギーもからかっているだけではないのか?
確かめてみよう。
俺はここから離れることをコーギーに分からせる為に、歩きながらリードを引っ張った。
するとコーギーはすんなりとついて来る。
『やっぱりかい!』
本気モードの対戦中であれば、こうもあっさりとは引き下がらないはずだ。
取り留めのないこの状況に飽きた俺はこの狂犬地帯から離れて歩き始めた。
今まで勇敢に戦っていると思っていたコーギーが、狂犬を尻目にして歩くその余裕っぷりを見ていると、この狂犬を柵から放ちたい気分になる。
きっと慌てて逃げ出すのではないか?
その白い狂犬は尚も吠え続けている。
もはや何事も無かったかのように歩くコーギーを俺はため息混じりに白い目で一瞥する。
遠くで吠え続ける声だけが俺達を追いかけてくるようだった。
もう目の前には我が家が見えていた。
今度はいつ、
子供達が散歩に着いて来てくれるだろう?
この散歩が上の子にとって有意義な気分転換の時間となっていれば良いが。
「家の門」のすぐ近くまで来ると、
子供達はまた駆け出した。
その「目に見える」目的地に向かって。